「田舎の父親がガンで入院したんですよ」

そう後輩から聞いたのは、2017年2月頭でした。

その後、2月17日金曜日に容態急変で、後輩は田舎に急遽帰省。

翌月曜に一端、会社復帰しました。

「2月22日に治療方針が決まる予定です」

そう聞いた週の23日、父死の知らせを受け、後輩は再び帰省の途に

つきました。

61才、余りに突然すぎ、早すぎる死です。

健康すぎた故に招いた不幸

聞けば後輩の父親は、非常に健康に恵まれていたようです。

病気で仕事を休んだことは、生涯一日もなし、

その血を受け継いだ後輩も、仕事に遊びにとタフさに舌をまいていました。

 

健康すぎた故に、自身の体からのSOS信号に鈍感になってしまう。

経験が無いだけに、我慢して自然治癒を待ってしまうのです。

これはおかしいと感じ、病院に出向いたときには手遅れ。。。

健康すぎた故に、招いた悲劇です。

私の母親と重なる状況

後輩の父親の訃報に触れ、思い出すのは母親である。

母親は健康な人でした。

学校の先生をしていたのですが、産休以外休みなし。

当然、病院に一度も行ったことがありませんでした。

 

55才でリタイヤ後も、民生員活動,趣味活動,農作業活動と病気

しらずでした。

常々100才まで生きると豪語していました。

妻と結婚したとき、私の老後の世話は母親にやってもらうつもりと、

まじめに話したものです。

 

そんな母親は、70過ぎの時に胸が苦しい気がすると、病院に掛かり

ました。

心臓の病気が悪化していて、即刻大手術、人工心臓で命を繋ぎましたが、

程なく亡くなりました。

対照的な父親

反面、父親は若い頃から心臓に病気を抱えていました。

万が一の事態に備えて、ニトログリセリンを肌身離さず持ち歩いて

いました。

健康に気を使い、無理ない程度で、有酸素運動他を心がけていました。

 

「俺は長生きはできないから」が口癖だった、父親は現在85才で

健在です。

70代の後半から、認知症となり、心のストレスからも解放されており、

まだまだ長生きしそうです。

強いが故に勝ち・負ける、弱いが故に負け・勝つ

人生とは本当に分らないもので、強いから勝ち、弱いから負けるという

単純なものではありません。

また、勝ち負けの定義すらあいまいなものです。

太く短く、細く長く、どちらが良いかは意見が分かれるところです。

 

私たちの人生においても、健康のみならず、諸々の強みと弱みを合わせて

持っています。

強みによる一時的な勝ち、弱みによる一時的な負けに、一喜一憂するこに

あまり意味はないように感じます。

 

強いが故に勝ち・負ける、弱いが故に負け・勝つ、その繰り返しです。

同様に若いが故に勝ち・負ける、中高年が故に負け・勝つのだと思います。

少しだけ、自分を客観視し、強者の戦略,弱者の戦略を見直してみては

いかがでしょうか。

今後の展開

「今回の休みは、少し長くなりそうです、後は任せました」

後輩はそう言い残して、帰省の途につきました。

⇒所属事業部がファンドに売却されてしまった

後輩は33才、上記記事の一件がある前にも、転職の相談を受けた

ことがありました。

 

後輩は、今回の時間を利用して、次のキャリアを真剣に考えることと

推察します。

ひょっとして、これが最後になるかもな。。。

別れ際に感じた感覚は、切なさと合わせて、彼の決断を尊重していこうと

感じています。